‘日記’ カテゴリーのアーカイブ

放射性物質が漏れ出た場合、何かに要注意?

2011 年 3 月 15 日 火曜日

原子力災害が起きて、施設の外に放射性物質が漏れ出た場合、何に注意すれば、よいのでしょうか。

原子力発電所から、放出される放射性物質は、ヨウ素や希ガスといった気体の状態で出るため、まずはこれらから出る放射線からの被ばくを防ぐ必要があります。女性用媚薬

そのため、室内にいる場合は、ドアや窓を閉めたうえで、換気扇やエアコンなどを止めること、一方、屋外にいたり避難で移動したりする場合には、マスクをしたりタオルやハンカチを水でぬらして、口や鼻を覆うと、放射性物質の吸い込みを防ぐ効果があります。また、服装は皮膚の露出をできるだけ抑えることが大切です。

さらに、呼吸や食べ物によって、体内に放射性物質を取り込む「内部被ばく」も、防がなければなりません。「内部被ばく」では、体内に放射性物質が蓄積されると、長期間にわたって、放射線の影響を受けることになります。

一方、屋外から自宅へ戻った場合は、衣服を着替えたうえで、顔や手を洗うことが必要です。水道の水や井戸水、それに屋外にある野菜などの食べ物は、自治体の調査や指示があるまで、念のため食べないよう気をつけることも、必要です。蟻力神

あなたは現在、何歳なのでしょうか?

2011 年 1 月 21 日 金曜日

「我十有五にして学に志し、
三十にして立ち、
四十にして惑わず。
五十にして天命を知り、
六十にして耳順う。紅蜘蛛
七十にして心の欲する所に従つて矩をこえず。」
孔子 「論語」より

孔子「論語」中のもっとも、有名な言葉の一つですが、これを口にしたとき、孔子は、すでに晩年にあったそうです。

簡単に解説しますと、
我、すなわち孔子は、十五歳のときに、学問を志し、三十歳にして一人立ちし 、四十歳にしてくだらぬことに、惑わなくなった。

そして、自分の役割を認識して、実社会での活動に転じたのが、五十歳のときで、人の世の吉凶禍福は、避け難いことを悟り、天から命じられた「この世を救う使命」を自覚、その救済を実践した。

さらに、六十歳になっては、修養を重ねたおかげで、耳にすると、ころのことがらが、理にかなっていれば、何の抵抗も障害もなく、理解できるようになった。

七十歳になっては、出すぎることなく、己の心のままに生きた。

現代は、人生80年時代といわれいますから、孔子なら、自身の「八十にして」をどのように、述べたか、ぜひとも知りたいところではあります。

それはさておき、ここで重要なのは、あなたは現在、何歳なのでしょうか?

もちろん、孔子のようには、いかないことは、誰にも、わかりきっています。その上で、自身に問うなら、果たしてどこまで、孔子の境地に、近づけつつあるか、あるいは理解しつつあるのか。

「齢をとると、よく見えることがある。」と、よく言いますが、意外に重い問いかもしれません。あなたは現在、何歳なのでしょうか?紅蜘蛛 液体

「あなた付ける人 私しまう人」で最期まで行けますか

2009 年 9 月 18 日 金曜日

かつて物議をかもした「あなた食べる人 わたし作る人」の熟年版のようなCMが、最近までテレビで流れていました。
 妻が夫に「電球つけといて」と頼む。夫は「俺がいなきゃ???」と言いながら、電球を探す。見つからないので「電球どこだ」と妻に聞く。妻は「私がいなきゃ???」と言う。互いに役割分業しながら、末永くお暮らしください。何かありましたら、保険会社の私どもにご用命を。という主旨で作られた、と思われました。
 

 今は別のバージョンになっています。「離婚届」でも書きそうな雰囲気で「良いのか」「今さら」と言っている夫婦が出てきて、何のことはない。保険の契約をするという落ちになっています。
 この保険会社の考えは、役割分業で、熟年から老年までを過ごすのが、一般的な夫婦のあり方で、そのためには、夫婦で入るとやすくなる保険を作った、ということのようです。
 
 「食べる人 作る人」の時は大ブーイングが起きたため、予定より早く、CMを中止せざるを得なかった、と聞いていますが、今回は、特に聞いていません。ということは、世の熟年ご夫婦は、何の抵抗もなく「家もそうそう」と、受け入れているということでしょうか。
 

 夫婦がずっと一緒なら、それで良いかもしれないけれど、離別、死別で一人になる場合もある。その場合はどうなるのかしら。契約とは違う状況になりましたから、お金は払えません、なんて言うんじゃないでしょうね。保険会社は、入れるときはえびす顔で、払うときは鬼の顔だとか、難癖つけてなかなか払わない、などと聞いている私は、疑り深くなってしまいます。一人になっても大丈夫な保険でありたいものです。

 お金の話も大切ですが、CMみたいな生活をしていたら、一人になったら、即くらして行かれなくなることを心配します。
 電球くらいなら、分からなくてもスーパーへ買いに行けばすむことですが、妻の葬儀をするのに、喪服のしまい場所が分からないで、貸衣装になるとか、通帳や権利書などという、買えないものの在りかを知らない、などということになったら、目も当てられません。
 

 玄関の電球だって、自分で換えなければ、暗いなかでつまずいて、怪我をするような事態に、なりかねません。植木の手入れにしても、夫任せでやったことがないとなれば、少ない年金から、何万円もを植木屋に払わねばなりません。
 いつそういう事態にならぬとも限らないわけですから、お互いに、独立独歩が良いのではないでしょうか。
 

 家の中のことを、今さらいちいち聞くなんて???、この年になって、梯子登りなんて???などと思われるでしょう。
 突然、違うことをパーフェクトにしよう、などとは思わなくて良いのです。相手に任せっきりでなく、互いのしていることに注意を払い、時には手伝っていれば、いざというとき「見よう見まね」ができます。それがないと、0からのスタートになり、負担が大きく、疲れて続かなくなってしまいます。西班牙蒼蝿水

 ふたりでいられる間は、親密な関係を保ちながらも、いつでも一人でやっていかれる、心づもりも必要ではないでしょうか。